名古屋地方裁判所 昭和50年(ヨ)401号 決定
申請人
石垣義夫
右代理人
青木俊二
被申請人
渡辺逸郎
被申請人
株式会社永井多田建築事務所
右代表者
多田正一
右両名代理人
大脇松太郎
外五名
被申請人
株式会社冨士工
右代表者
馬場梅吉
右代理人
清木尚芳
外二名
主文
本件申請を却下する。
本件申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨および理由
(申請の趣旨)
被申請人らは別紙物件目録記載の二および三の土地上に建築中の建物につき、二の土地上の工事部分については別紙図面ロ、ハ、ニの各点を順次直線で結ぶ線の東側で、三の土地上の工事部分については別紙図面のイ、ロの各点を結ぶ直線の北側で、それぞれの線から奥行五〇センチメートル以内の範囲の土地上における建築工事を中止しなければならずこれを続行してはならない。
(申請の理由)
一、被保全権利
1 申請人は別紙物件目録記載の一の土地(以下甲地という)を所有し、被申請人渡辺は同目録記載の二および三の土地(以下乙地という)を所有し、甲地と乙地とは別紙図面のとおり甲地の東側および北側において隣接し、乙地は甲地より約三メートル高くなつている。
2 被申請人らは昭和四九年四月頃、申請人および甲地の南側隣接地の所有者原幸三郎に対し、甲地に新築する予定の建物の平面図を示しその計画を説明してその工事の承認を求めたが、申請人および原幸三郎は右工事が民法第二三四条に違反していることを理由にそれを拒んだ。
3 被申請人らはその後二回にわたる申請人との話し合いが調わなかつたにもかかわらず、乙地上の建築は建築基準法第六五条により甲地との境界に接してできる旨を主張して昭和四九年五月頃右工事に着手し、申請人の工事中止の申し入れにもかかわらずそれを強行している。
4 右建築工事は、甲地と乙地との境界線である別紙図面イ、ロ、ハ、ニの各点を順次直線で結ぶ線に沿つて長さ約一五メートル、巾二メートル、深さ約五メートルにわたつて土砂を堀り起し、境界線に接して鉄筋コンクリート造りの建物壁面を構築し、右堀り下げた部分は右壁面の構築後に砂および瓦礫をもつて埋めたうえ、その上面をセメントで薄く湖塗し、右壁面の南寄り部分の一部は乙地の土留の役割をするようにした構造を有するものである。
5 本件各土地は第二種住居専用地域かつ準防火地域に属している。
6 ところで、建築基準法第六五条によれば耐火構造の建築物であれば境界線に接して建築が許されることになるが、同法はあくまでも建築基準法の建築許可基準にすぎず、私権の調整を目的とする民法の相隣関係の規定とはその目的および趣旨を異にするから、建築基準法上の要件を満たしている場合であつても、民法の相隣関係の規定に反する建築をするのには特段の慣習がない限りなお相隣地所有者の承諾を要するものといわなければならない。
しかしながら、本件各土地付近においては相隣地所有者が互に境界線に接して建築をすることができるとの慣習も存在しないし、申請人において本件建築を承諾したこともない。
二、保全の必要性
申請人は被申請人らに対し民法第二三四条第一項に基いて所有権侵害排除を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、このまま建築工事が強行されて完成してしまえば、申請人の権利の救済が実現し難くなるので、本申請におよんだ。
第二被申請人らの主張〈省略〉
第三当裁判所の判断
一申請人が甲地を、被申請人渡辺が乙地を各所有していること、甲地と乙地とは別紙図面のとおり甲地の東側および北側において隣接していること、被申請人らが昭和四九年四月頃申請人および甲地の南側隣接地の所有者原幸三郎に対し乙地に新築する予定の建物の平面図を示しその計画を説明してその工事の承認を求めたこと、それに対し申請人および原幸三郎は右工事が民法第二三四条に違反していることを理由にそれを拒んだこと、被申請人らが乙地上に鉄筋コンクリート造りの建築物を建築中であること、本件各土地が第二種住居専用地域かつ準防火地域に属していることについてはいずれも当事者間に争がない。
二そこで建築物の位置関係の点についてはさておき、まず、被申請人らの乙地上の建築につき民法第二三四条第一項による制約があるか否かにつき検討する。
都市計画法は都市の健全な発展と秩序ある整備を図るために土地所有権に適正な制限を加えることとし、その一環として、土地所有権の制限を相隣地所有者間の個々的な私的規制に委ねずに、一定の地域全体につき集団的な公的規制をすることとし、都市計画区域につき都市計画法第八条、第九条所定の地域地区を設定して、指定された地域地区内における土地の用途、建築物等の形態、容積、位置、構造等の規制をすることによつて土地所有権の制限をし、建築基準法第三章はそれを受けて、指定地域区内における具体的な建築規制をしたものである。
それによつて、土地所有権はある場合には民法の相隣関係の規定以上の制限をされ、ある場合には民法の相隣関係の規定に基く私的請求権の行使が制限されることになる。前者の場合に当該土地所有者に対する公的規制に加えてその隣地所有者に新たな私的請求権を先ずる(ママ)ものであるかはともかくとして、後者の場合には当該土地の隣接地所有者の民法の相隣関係の規定に基く私的請求権が公的に剥奪されることになり、従つてそれを隣接地所有者に対しても主張できなくなるものである。
ところで、建築基準法において境界付近の建築制限につき直接規制しているのは第一種住居専用地域における外壁後退距離に関するもののみであるところ、境界付近の建築につき当該地域地区の慣習および隣接地所有者間の合意に委ねる余地を残しておいては高度利用地区を含む全地域地区に集団的に適用されるべき前記都市計画法の目的の達成が困難になること、および建築基準法上前記第一種住居専用地域以外の地域地区については境界付近の建築について公的規制を予定した明文が存しないから同法第六五条は建築基準法のその他の規定の特則とは解し難いことを考え併せると、建築基準法においては防火上の利益以外の相隣地所有者間の利益の調整を建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合の制限、北斜線制限等の同法上の諸規制に委ね、同法第六五条によつて民法第二三四条第一項に基く私的請求権の行使を制限したものと解さざるをえない。
従つて、第二種住居専用地域かつ準防火地域内の甲地の所有者である申請人は同地域内の乙地の所有者である被申請人渡辺に対して民法第二三四条第一項に基く請求をすることができないものというべきであり、被申請人らに対し建築工事の差止を請求することはできないものというべきである。
三以上によれば、その他の点を検討するまでもなく、本件申請は理由がないものとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(草深重明)
物件目録、図面〈省略〉